最愛なる父へ
2010年 05月 27日
5月16日、朝8時30分、最愛なる父が、他界しました。
68歳の生涯でした。私達、家族にとっては、本当にあまりにも、急な出来事でした。
父は、44年間1つの会社で、勤め上げ、私たち家族のために本当に、仕事、仕事の
人生だったと思います。
今、私たち家族がいれるのも、全て、父のおかげです。
私は、大学を卒業後、26歳で正栄産業を起業しました。今から、13年前になります。
その時から、私と父の関係は、普通の親子の関係とは、変わっていきました。
父に、会社のことで、随分心配をかけたと思います。
父は、日記を付けていましたが、その日記を、読んでみると、本当に、私のことと、
当社に関することが、いっぱい書き綴られてました。2,3ヶ月に一度、電話を
かけてきてくれていたのですが、その時に、会話も、
「一生懸命仕事をしているか?」
「お客様に喜んでいただける仕事が出来ているか?」
「社員の皆さんを大切にしているか?」
など、本当に、大切な事をいつも、確認してくれていました。
創業期も父に大変支えていただきました。
本当に、いつも、支えていただき、いつも、見守って頂きました。
父が他界して、11日、自分の気持ちはまだ、整理できず、受け入れれず。
いつも、一緒にいたわけではないのに、本当に心にポッカリと、穴が開いたような感じです。
生前、父から言われていた事、思い出しながら、一歩、一歩、前に踏み出していく事が、
何よりも、父が喜ぶことだろうと、思います。
お父さん、本当にありがとう。そして、お父さんに教えてもらった事を心にとめ、
頑張っていきます。
遠い岡山まで、父の御通夜、葬儀に、わざわざ、遠路来てくださった皆様、
弔電等、たくさんの方からの御配慮、本当にありがとうございました。
68歳の生涯でした。私達、家族にとっては、本当にあまりにも、急な出来事でした。
父は、44年間1つの会社で、勤め上げ、私たち家族のために本当に、仕事、仕事の
人生だったと思います。
今、私たち家族がいれるのも、全て、父のおかげです。
私は、大学を卒業後、26歳で正栄産業を起業しました。今から、13年前になります。
その時から、私と父の関係は、普通の親子の関係とは、変わっていきました。
父に、会社のことで、随分心配をかけたと思います。
父は、日記を付けていましたが、その日記を、読んでみると、本当に、私のことと、
当社に関することが、いっぱい書き綴られてました。2,3ヶ月に一度、電話を
かけてきてくれていたのですが、その時に、会話も、
「一生懸命仕事をしているか?」
「お客様に喜んでいただける仕事が出来ているか?」
「社員の皆さんを大切にしているか?」
など、本当に、大切な事をいつも、確認してくれていました。
創業期も父に大変支えていただきました。
本当に、いつも、支えていただき、いつも、見守って頂きました。
父が他界して、11日、自分の気持ちはまだ、整理できず、受け入れれず。
いつも、一緒にいたわけではないのに、本当に心にポッカリと、穴が開いたような感じです。
生前、父から言われていた事、思い出しながら、一歩、一歩、前に踏み出していく事が、
何よりも、父が喜ぶことだろうと、思います。
お父さん、本当にありがとう。そして、お父さんに教えてもらった事を心にとめ、
頑張っていきます。
遠い岡山まで、父の御通夜、葬儀に、わざわざ、遠路来てくださった皆様、
弔電等、たくさんの方からの御配慮、本当にありがとうございました。
by shoei_blog | 2010-05-27 10:48 | Trackback





